その②です。昭和40年代 高度成長期の大きな環境変化


最初に昭和24年当時の画像を再掲しておきます。
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昭和24年                      出典 国土地理院

上沼南北の護岸工事がされて、それからです。
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昭和49年                   出典 国土地理院

フランクパパが小学校高学年、ちょうど沼の南岸付近で、トンボを追っかけてた頃の画像です。
この時期の沼では、トンボの生息環境を脅かす大きな変化が訪れます。

③ 市道をはさんで北側にあった湿原(蓮田)が、埋め立てられました。
⑥ 市道南側の湿原(蓮田)も半分埋め立てられ始めてるのがわかります。
  この部分は、今の栴檀通りまで残土のようなもので高く埋め立てられました。
③と⑥の変化は、沼の水質保全、水量確保に大きく影響を及ぼします。沼の北側に水生植物を伴った湿原(湿田)があったことにより、年間を通しての水の確保、浄化が今まで行われていたことは確かです。


①は完全に耕作放棄され湿原(池)となっています。
 これは、トンボにとっては好都合です。当時フランクパパはこちらには立ち寄ったことがなく、水深や水草の状況などはわかりませんが、水辺が多いことはいいことです。
②は、完全に埋め立てられました。
⑩ 環境学習館の前身、農村センターが建てられてます。
⑪ 埋め立てをのがれた休耕田に水が溜まっているのがわかります。
⑫ 一部耕作放棄がされだしたようです。
⑦ 田として耕作されてる部分と休耕田(湿原・芦原)となった部分がはっきりわか ります。この頃は、中学校通りを南下し、東側の弁天方面に行こうとしても水路付近で道が水没し、渡れなかったのを覚えています。(コンクリート製の橋だけが水面の上に島のように見えていた)もう先はぐちょぐちょの湿原でした。
⑭ 下沼の水面が減っているのがわかります。この頃は、まだ下沼には夏場オニバスや水草がたくさんあったとのことです。


この画像は冬場なのでそーなってますが、実はこの頃には上沼からすっかりハスはなくなってマス。
一昨年、自生のハスが一気に消滅して新聞・マスコミに放映されたことがある黒浜沼ですが・・・・。実はその前に一旦消滅しているんです(^_^;)

原因は、多分護岸工事・水路工事・・・そして決定打が市道をはさんだ南北の埋め立てだろうと思います。

地元の方(フランクパパは高度成長期の宅地開発で移り住んだ新住民といわれる者)に、特に今、市の議員さんなどになってられる方々に話しを聞くと、その方たちの子供の頃(多分昭和20年代から30年代初頭)の黒浜沼は、ハスが沼の全面を覆い、沼の中心部ではジュンサイが生え、湿原帯ではモウセンゴケがあって、夏にはハスの葉の間を茎につかまりながら泳いだ。そうです。

国土地理院の航空写真からこんな画像を見つけました。
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昭和36年6月                 出典 国土地理院

是非、画像を大きくしてご覧下さい。
上沼の東側に小舟が4隻浮かんでいるのがみえます。さらに目をこらして見ると岸部から中心にかけて水草(ヒシ?ハス?ジュンサイ?スイレン?)が生えているのがわかると思います。
更に下沼をみると、もう水面は水草(多分ハス・スイレン)オニバスが生えていたとの証言もあります。昭和40年代後半に下沼で釣りをしていた父もオニバスをはっきり覚えてます。
もうトンボわんさか状態ですね。ベニイトトンボはもちろん、オオモノサシトンボも下沼方面にはいたでしょうし、キトンボやひょっとしたらオオキトンボ、コバネアオイトトンボやタカネトンボの類もいたのではないでしょうか?フランクパパが2011年に見つけたトラフトンボももちろんいたハズです。もう平地トンボの楽園だったと思います。