2008年からカメラを持って蜻蛉散歩を初めて10年。
黒浜沼で巡りあえたトンボは、9科32種になりました。(迷いトンボ・混雑種除く)
日本全国には約200種強、埼玉県内では70種あまりが確認出来るとのことです。
多いのか少ないのか?は、置いておいて。わずか10年の間でも、もう見ることができなくなってしまった種や新たに見られるようになった種など、環境変化に応じてトンボも変わって来ました。文献では、黒浜沼は昔ベニイトトンボの北限とされていたとか、オオモノサシトンボがいたとか。ネアカヨシヤンマの研究をしたとか・・・色々、昔は色々いたんだな・・・環境も随分変わったんだろうな・・・というのが正直な感想です。
フランクパパが越してきた頃と今現在でも大きく変わったような気がします。
そんな環境推移を追って見ました。(あくまでトンボが喜ぶだろうな♪って視点です)

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昭和24年                  出典 国土地理院 トリミング済み

国土地理院の地図・航空写真サービスから画像をお借りしています。戦後すぐに米軍が撮影した画像(22年)から数年おきにありましたが、フランクパパは24年撮影からみていきます。

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昭和24年                   出典 国土地理院

年を追って沼周囲の環境変化を見ていく上で、継続して注意するポイントに数字を入れました。
太古の昔、ここが入江だったと言われると納得がいく画像です。
①②③⑥⑦⑧⑨⑪⑫⑬⑭戦後の食糧難真っ最中ということもあり、低湿地と思われるところはことごとく水田利用されています。
なかでも印象的なのが、⑦⑧⑭沼だったところをなんとか埋めて埋めて水田を広げた形跡がみえます。
まだ上沼の北⑦と南側⑧には、水路が整備されておりません。また、⑦エリアでは東側と西側を結ぶ道はありません。
⑤は、黒浜中学校、戦後の教育制度改正で新設されました。22年の画像には存在せずそこは雑木林でした。


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昭和44年                     出典 国土地理院

時代は一気に20年経ちました。ちょうどフランクパパが蓮田に移り住んだ頃です。
① 水田耕作がされてる気配があるが、南側が水があふれ荒れ気味である。
② 稲作放棄か?草木が目立つ(埋め立てた?)
③ 耕作の様子が伺える(フランクパパの記憶では蓮田だった)
④ 雑木林が伐採され、半分畑地になった。
⑥ 一部水田耕作してるように見えるがここも放置湿田におもわれる(記憶でもここ      もハスだらけ)
⑦ 水路が整備され、田面も区画された。但し、水路の西側は稲作がされてるようだが、東側はぐちょぐちょの湿原のように見える(記憶では、もうお化けがでそうな感じ)西側と東側を結ぶ道が確認できる。
⑧ 埋め立てられ水路が整備されて、区画された田んぼがならぶ。
⑨ 行き来がしやすいように首の部分に道ができた。
⑪ 休耕田になった。東側が埋め立てられ宅地化している。
⑭ 大きく変化はない。沼の中心に向かって埋め立てて田んぼを広げた様子がわかる。

この頃は、フランクパパもまだ幼少だったので、黒浜沼は危ない場所で一人であるくようなことはなかった(^_^;)
ただ、父は休日の時間を持て余しだしていて、ヘラ鮒釣りをはじめ出していたと思う。  

昭和44年の少しまえ、沼に大きな変化がおきました。上沼の南側のぐちょぐちょな湿原田んぼは、整備され沼の南側が護岸。北側の迷路のような水路は真っ直ぐにまとめられました。
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昭和42年                    出典 国土地理院
南側の埋め立て護岸工事が進行しています。北側はまだ手付かずのようです。