本日から、短い夏休みをいただいております。金土日の三日間です~(苦笑)貧乏暇なしやむなし(苦笑)


台風10号の影響で、雨ベースの空模様もお昼過ぎから雲間が見えだして、蒸すものの日差しも 強い風のおかげで気にならないようになりました。で、以前からとっても気になっていたポイントにて蜻蛉散歩です。

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自宅をでて徒歩ほんの数分。市道1号線「宿(しゅく)」にむかう坂です。こちらの坂、義務教育の9年間しっかり毎日通わせていただいた坂ですが、坂の名前を知ったのはつい最近のことです。
普段どう呼んでいたかというと「宿浦坂」とか呼んでいたのですが、実は昔にはきちんとした呼び名が
あったようです。郷土史研究家の中里先生によると、「炭釜坂(すみがまさか)」。というのは、この画像の向かって左手付近では、昔(南北朝とか室町のころ)に、鋳鉄の為の炭を焼く窯があったことからそう呼ばれるようになったとのことです。

で、坂の中間より少し手前に
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こんなものが立っております。昔はもっとちっちゃい白い木製の棒杭でしたが、県指定時にこちらになり、さらに国指定時にでかい立派な看板(説明版)もできたのですが、そちらはこちらから別の場所に移設されてしまいました。
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はい。
黒浜貝塚の史跡説明です。拡大して読んでください。
補足:黒浜貝塚ってのは、ここを中心に黒浜地区全般にある貝塚群のこと。先ほどの県指定の柱がたっていた場所一帯がいわゆる「炭釜屋敷貝塚」です。炭釜屋敷ってのは、こちらの貝塚付近をお持ちでした方の館の俗称。炭釜あった場所にたってるお屋敷なのでそう呼ばれました。
で、
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坂の丁度中間地点の奥にその「炭釜屋敷」はありました。今は史跡公園化のため移転。両側に新しいお宅が並んでますが、こちらも昔は農地でした。さらに言うと戦前は雑木林だったようで、・・ここからはフランクパパの完全な推測憶測なのですが、大山史前学研究所の発掘調査からみで発掘→農地転換といういきさつがあったのではないかと・・・おそらくなんですが、道路の向かい側の農家の庭も宿下遺跡として有名なポイントだし、この炭釜坂の左側全域が「炭釜屋敷貝塚」だと思っています。

坂を上り切ったところで、東北自動車道の橋「宿浦橋」にぶつかります。もちろん今回はそちらを左折。
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こちらに「炭釜屋敷」が移転しています。ここは、昔「桃畑」で、周囲をネットでおおわれていましたが、下から潜りこみ「カブトムシ」を捕まえに行ったポイントです(苦笑)桃を盗んだら絶対ダメなのはわかってましたから誓ってやってませんが、カブトムシは良く捕れました。「クソガキ」の45年以上昔の所業ですから時効ということで・・・(-_-;)

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そしてこちら、「大鷲飯店」があった場所。奥に宴会場や小部屋があり何かの折に家族全員でこちらのお世話になりました。黒浜貝塚が史跡公園化されることは大変うれしかったですが、「大鷲飯店」さんがなくなってしまったのは、マジ悲しかった。今回の史跡公園化で閉店してしまい移転はしませんでした。
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ありし日の大鷲飯店さん(どなたかのブログから無断拝借・・・すみません)

大鷲飯店さん跡地の裏角を左折
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この左手に見える森が、炭釜屋敷貝塚(黒浜貝塚):史跡公園化後は、「宿浦のムラ」と呼ばれるようです。ここをまっすっぐ突き進めば、黒浜貝塚の谷部分に行けるのですが、今回は右に見える民家の向こうで右折して「蓮田市文化財展示館」にお邪魔します(だからわざわざ遠回りしてるんですよ~)
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ちょっと夢中になりすぎて、画像はここのみ。展示物の画像は、こーゆーところでバシャバシャ写すのはまずいですよね~?撮影禁止とは書いてなかった気がしますが遠慮しておきました。
で、友の会に入会(無料)、チャレンジクイズ第1回してきました。まとめて3回やりたかったけど、それはルール違反。別の日にあと2回頑張ります・・・ちっちゃい黒浜式土器の置物ほしいっ!(苦笑)

小一時間ほど時間を使ったのち、展示館の裏手から先ほどの谷方面に向かいます。
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椿山遺跡(椿山のムラ):谷を挟んで向かい側の炭釜屋敷貝塚よりすこし後の時代が中心となる遺跡です。ここは以前は竹林でした。近くの果樹園さんの竹林で、今は若いご夫婦が果樹園次いで切り盛りしていますが、そのお父さんの代には、市民を対象に「たけのこほり体験「」などを行っていたこともある立派な竹林でした。縄文時代には孟宗竹はなかったとのことで、すべて伐採されて、広葉樹を中心に植林されました。ここでは、古墳(円墳)が発見されておりそれも復元?されています。
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さらに降りると、右手奥に立札が見えます。
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これが以前は、市道1号線沿いにたっていたものです。(先ほどアップ画像を載せたもの)

それにしても、周りがすっきり明るくなっていたのでびっくり!!
フランクパパ・・・ここにこの時期(夏場)に来たのは、もうかれこれ10年近くぶり。前回は、黒浜沼でのトンボ撮影をはじめて間もない頃でした・・・・

ここいるのでは?と藪漕ぎしたり雑木林突入するたびに、初めてみるトンボに会えて調子に乗ってた頃、ふと子供のころ(小学校5・6年)、ここで冬凍った凍りの上を運動靴で滑って遊んだことを思い出しました。水場もあるし木も落葉樹中心だし、ひょっとしたら黒浜沼周辺ではなかなかお目にかかれない黄昏ヤンマ類なんかに会えるかもしれない♪
なんてことで、早々に黒浜沼探索を切り上げてこちらに来ました。子供のころは、もっと日差しがあったのに・・・・・森は暗く静かで日差しはまったく入ってきません。大変薄暗く湿った空気がほとんど動いていない感じがしました。湿地は水量がほとんどなく真っ黒で中心付近にわずかに水辺が見えるだけです。それでも何か中心付近でトンボらしきが飛んでいます。おそらくコシアキトンボに見えますが、もっと近づかないと確認できません。
転ばないように湿った真っ黒な泥に足を1歩1歩踏み込んでいきます。想像より沈まずに前にすすめます。それでもいつズボッとはまるかわからないので、探りながら慎重に進んでいくと、顔の周りがうっとおしい・・・・?目の上に・・?頬に?・・・汗かな???? 汗を拭おうとカメラをもった腕をあげたところ、腕まくりした右手が毛深い????

ギャーっ!!!無数のやぶ蚊が腕中に吸い付いているではありませんか?顔をたたいた掌が真っ赤!
目を上げてよく見たらフランクパパを中心にやぶ蚊が蚊柱状態・・(生物学的には、やぶ蚊の蚊柱は立ちません。蚊柱になるのは、血をすわないユスリカ)・・・もう絶対第三者がみたら、フランクパパがやぶ蚊に取り囲まれて真っ黒な柱にみえたはずです)

大声あげながら方向転換、走って逃げたいけど足は泥濘、しかも気づいたら真っ赤なでっかいアメリカザリガニがハサミ持ち上げて無数に泥からでてきている!
こんなところにトンボなんか・・・・・・(-_-;)(-_-;)(-_-;)(-_-;)(-_-;)

命からがら逃げてきて、その日は身体中にキンカン塗ってしのいだものの痒さと痛さと熱ぽっさで一睡もできなかった。≫


といったとんでもないことがあって、またその数年後にデング熱の流行なんてことが話題になったのでもう来るにこれずにいたのです(苦笑)


そんなボサボサの真っ暗な湿った森谷が明るくきれいな森谷に生まれ変わっていました♪
沼地も浚渫したとのことで、トンボ期待値も高し~っ!
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上流側
湧水があるらしいのですが、期待のできるレベルではないようです。
東北道の排水を流用するとかの様々の案があったようですが、結局近くの既存の井戸から水を
引くようです。本日はまだ完成前なので、井戸を活用している気配はありませんでした。
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下流側
水量が足らないので両端にたまった落葉などがむき出しです。水に動きがありません。死んでいます。少しでいいので流れができれば、水に命が宿るはずです。
ただ、台風がらみに風が冷却されてはいってきてとっても涼しい♪
10年前の背筋が凍る寒さではなくて、きもちの良い爽やかな風でした。(笑)

橋を渡って、まだ造成中の炭釜屋敷貝塚(宿浦のムラ)に入り込んでみました。
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林の中心部は伐採されて、窪地になっているのがわかります。これは縄文人がムラの生活の場として
土木工事した後です。窪地の周辺では、住居跡や貝塚などが多数発見されています。
公園化の暁には、今流行のARを使った設備が導入されます。縄文人が当時のまま生活している様子がこの今見ている景色に合成されて目視体感できると考えるとワクワクです♪

谷側の道に降りて下流に向かいます。
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そこは、水辺の生活の場です。公園化の際にはイベントスペースもかねた場所になるようです。

そしてさらに進むと
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うみーっ!!!海っ!

砂浜&海です。縄文の海が広がって(笑)います。

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縄文海進で縄文中期ごろ、このあたりは海でした。その海が今ここにあります。
海なし県の埼玉県のしかも蓮田にあります。
波の音が聞こえませんか?(笑)
まさに「令和海進」♨

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公園の南西の端に海が再現されています。過去のボーリング調査でもこの辺りは、海だったことが
わかっています。その丁度海だったあたりに、狭いながらも当時の海が再現されています。DSC_0020_1565939449156
浜辺の休憩スペースからみた黒浜貝塚
向かって右手の林が、宿浦のムラ(炭釜屋敷貝塚)、向かって左の林が、椿山遺跡(椿山のムラ)です。その中間に湧水が起点となった小河川が流れています。その流れはすぐに縄文の海へ。
海辺の生き物を捕り山の実りを捕り、川の水を利用して縄文人たちが生活していたそのままの環境が残されています。
およそ6000年前、縄文時代のこの付近の地形や人々の暮らしを再現した史跡として来年こちらはオープンする予定です(ちょっと工事おくれてるかな?)
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で、肝心のトンボ(笑)
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シオカラトンボ♀ オスもメスもたくさんいました。

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ハグロトンボ ♂
湧水場所付近にいました。

まだ、湧水付近の整備が未着なので水量がたりず、水が死んでしまっています。
過去、史跡公園化にあたって市が調査した際には、シオヤトンボ、ダビドサナエの確認がされている
となっておりますので、水に流れができて湧水池付近の水に生命が宿れば、そーいったトンボも
また現れてくれるものと思います。水辺付近の整備は完了から1年たつかたたないかなので
今後の自然回復に期待をもって見守っていこうと思います。(夏、やぶ蚊におそわれる恐怖から解放されましたからね(笑))

今日出会ったトンボ
ウスバキトンボ シオカラトンボ♂♀ コシアキトンボ♂ ハグロトンボ♂